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コウミ ヴァイヴスの残響
Photo : Akira Yamada
死ぬ気で走るしかない
4周目を終えてペーサーと共にスタート / ゴール地点に戻ると、コーチが待っていてくれた。ここまで、サポートをしてもらっていたエリアは雨にあたりはじめたので、屋根付きのブースに導かれて椅子に腰掛けた。あと1周で終わり、そして順位争いをしていたので早々に出発するつもりでいた。エイドで時間をかけないことでお馴染みのコーチが目の前にいるから尚更に、準備を済ませたらすぐに走る想定だった。
ちょっと面食らったのは「これが最後のラップだから、しっかり準備してから戦いに行こう」そんな一言だった。そう、コーチのセオリーはエイドに時間をかけないことだ。意外な中にも不思議と納得するものがあった。雨は3周目からふりはじめたが、幸い先手を打った完全防寒スタイルで身体は濡れることはなかった。迷っていた靴だけ履き替えていると、応援をしてくれる先輩やら、友人やらが集まってくれて気分もだいぶ和んだ。
この時3位タイ、レース前には想像もしない準備で最終ラップを迎えることになる。前を走る選手との差を問うと、「隣にいるよ」と予想もしなかった答えが返ってきた。こんなドラマチックな展開、実際なかなか味わえるものじゃない。追い上げムードで順位争いをしていて、かつゴールまでしっかりと走りきれる自信(或いは執念)が揃うことなんてそうそうない。3年ぶりのレースで、3年ぶりに味わうこの緊迫感と高揚感、仲間と味わう熱気に思う。「あぁ、こういう瞬間に返ってこれて本当に良かった」と。コーチと、友達と、そしてここまでサポートをしてくれた仲間には人一倍の感謝を伝えて、ペーサーと共に最終ラップに向かった。
ニュウの頂上を過ぎたところで、ペーサーが携帯を取り出した。闇夜にディスプレイの明かりが広がるが、気にかける余裕もないほどに自分はくたびれている。どうやら下界のJR師匠からメッセージが来たようだ。
「あとは死ぬ気で走るしかない」
この状況で、この一言には痺れた。ハートに火がついたと同時に、さっきまでマイルドだったペーシングがハードモードに切り替わる気配がした。
結果は24:54:10で、総合2位のフィニッシュ。順位で言えば十分すぎる結果となった。早朝のゴールにも関わらず、サポートのアキラさん、顔なじみの友人たち、そしてコーチが出迎えてくれた。ゴールテープを切ってペーサーの岩垂さんと完走を祝い、無事に3年ぶりのレースは終了した。
事前準備とレース中のあれこれ
情緒的ないつもの表現はこれくらいにしておいて、今回はレースの準備と当日のあれこれについて残しておくことにする。大会前から雨が予想され、実際にしっかり降ったことでこのレースは難易度をあげた。走力ありきではありながら、それだけではないのがウルトラトレイル特有なところ。天候が崩れると、経験や知識、自分自身への理解など総合力勝負となるところが面白い。自分にとっても、今回のレースは一喜一憂しながら、ある程度場当たり的に問題を解決するつもりだったので、悪天候もいい機会となった。
レースプランとリザルト
ペーサーとして過去2回参加しているものの、選手としては今回がはじめてのKOUMI100。大まかな流れや注意点は理解しているが、いざ自分のプランを考えてみると予測がつかない点が多々あった。例えば、1周目と5周目が同じペースで走れないのはなぜなんだろう。そりゃ、35km時点と140km時点では蓄積した疲労度が違うことはわかる。では140km時点での疲労度を考慮した1周目の適切な出力とは何だろうか考えた(答えは出ないので、実際に走って確認するしかなかった)。
そういう意味では、目安として想定タイムを設定しつつ、今回の目標は全体を通してイーブンペースで走ることを理想とした。付け加えると、1周目から2周目にかけての落ち幅を限りなくなくすこと、5周目を設定タイム内で走ることを重視して、実際のところどうなのかを走りながら答え合わせすることにした。さて、何が理由でイーブンペースは難しいんだろうか。
過去数年のリザルトを眺めているといくつかのことに気が付いた。1周目のオーバーペースが存在するように、どんなに抑えてもボトムのタイムがあるということ。自分の場合は1周目を4:15〜4:30を予測タイムとした。おそらく、これ以上遅くは走れないはずだ。もうひとつは5周目を5:30以内に走ること。過去のリザルトからは簡単じゃないことはわかりつつ、イーブンペースを目指すのであればこのタイムが目安になりそうだ。
当初は漠然と27時間以内の完走を考えていたが、こうして周回ごとに計画を立てていくとよほど体調か天候が崩れない限り、あまり現実的ではないことがわかってきた。そこで今回の設定タイムは25時間±1時間とした。
結果24:54:10というタイムはほぼ設定通りだった。内容的には理想と大きな差を痛感した。4周目と5周目はボロボロで、走りたい区間を歩き通すこともあった。目標は4周目が5:15、5周目が5:30に対して、結果は4周目は5:41(うちエイド10分)で、5周目は5:47と、苦戦した様子がタイムにあらわれている。
逆に1周目が予想4:15〜4:30に対して4:11(うちエイド6分)と極端に離れてはいないが、抑えたつもりでもさらにペースダウンしても良かったのかもしれない。
補給
最近ジェルを摂り続けることがしんどくなってきたので、トレーニング中からジェルの種類や、摂る間隔を細かく試した。結果的にはジェルを使わずドリンクミックスだけで走ることが一番安定することがわかり、当日もドリンクミックスをメインに補給プランを組み立てた。1周あたり640kcalをドリンクから補給できるので数字上は足りる計算だ。あとは長距離を走るなかでカロリーの吸収率がどう変化するのかをレースで確認することが楽しみだった。
結果は大成功で、エネルギーが切れることがなく、トラブルも皆無だった。ジェルはレース通してたった2つで、あとは計画していたドリンクミックスだけで走りきることができた。周回ごとにいなり寿司をいくつか頬張り、固形物はそれでほぼ事足りた。
ウェア
トレーニングの時点で股擦れが度々起こった。今までなかったにも関わらず頻発したことから、筋肉のつき方が変わったんじゃないかと思う。いくつか試して、少なくとも対策はできた。一通り事前にテストを終えて、メインとサブ、天候次第でいくつかのオプションを用意した。
スタートは早朝5時。肌寒く薄手のレインウェアをスタート時から羽織る。結局、一度もTシャツになることはなく、レインウェアを着続ける寒さと、夕方以降は雨が続いた。3周目のニュウで雨が強くなり、薄手のレインでは濡れる心配がでてきた。いいペースで進んでいたので迷ったものの、いったん足を止めてレインウェアのうえからさらにレインウェアを重ね着し、防水性のグローブをつける。
今回、状況に合わせたウェアリングに関しては良い判断ができた。4周目に入る時点で雨と寒さが強くなってきたので、思い切ってしっかりと着込むことにした。ベースレイヤーを長袖のメリノウールに着替え、さらに上からパワーグリッドを羽織り、シェイクドライのジャケットで完全防水とした。暑くなれば脱げばいいし、恐らく暑くなるほどのペースでは動けない気がした。案の定、ゴールするまで脱ぐことはなく、防寒を優先させたことは正解だった。
周回コースに棲む魔物はきっとカウントなんだろう。まだ2周しか経ってないやら、あと2周も残ってるやら、エネルギーの残量と周回を比較すると気持ちが怖気づく。トレーニング中、KOUMIを1周するに相当するコースを走っていると、これをあと4周と考えると完走できるイメージが沸かなかった。レース中は周回であることを意識せずに、ワンウェイを走っているつもりで距離だけ考えようとしたが、それもまた難しかった。同じところを走るわけだからイメージのループからは抜けられない。
走っているなかで、意外と早い段階で今が何周目なのか気にならなくなった。距離のことも特に考えなくなった。前回のラップと今回でタイムは同じだろうか、落ち幅は許容範囲か、前回は走れていたのに歩くしかできないや、などセクション単位で変化を観察する。それを続けていると意外と時間が経つのは早かった。
そして、比較するが故に後半は苦しい時間が続いた。イメージに反して身体は動かない。理想と現実のギャップを身をもって感じた。この悔しさはトレーニングの燃料となっていく。もっとなめらかなカーブを描くように、右肩上がりの曲線的なイメージで走りたい。身体は動いているものの、静的な表現ができるようになりたい。そんなイメージを抱きながら、あの苦しかった坂練を身体は待ち望んでいる。